2月20日は、多喜二そして啄木

 第1回埼玉県人権学習交流集会を開催した2月20日。主催者挨拶で私は最初に、「この日を意識して選んだ訳ではありませんが、奇しくも今日2月20日は、働く者が報われる自由と民主主義、人権が尊重される社会の実現を願ってたたかった作家、小林多喜二が亡くなった日、治安維持法の罪で逮捕され警察の拷問により殺された日です。1933年・昭和8年、29歳でした」と話して、多喜二の母・小林セキさんの詩を紹介しました。

 あーまたこの二月かきた
 ほんとうにこの二月とゆ月か
 いやな月こいをいパいに
 なきたいどこいいてもなかれ
 ないあーてもラチオて
 しこすたしかる
 あーなみたかてる
 めかねかくもる

 三浦綾子の小説『母』(1992年)に紹介されている詩で、セキさんが近藤牧師にだけ見せたメモ書きとのこと。
 下手な音読も

   あー またこの二月がきた
   本当にこの二月という月が
   いやな月 声いっぱいに
   泣きたい どこへ行っても泣くことができ
   ない あーでもラジオの声で
   少し助かる
   あー涙が出る
   眼鏡がくもる

 という書き変えの朗読も、はばかられたので、両方を紙に印刷して出席者に配りました。

 あわせて、当時、悪法・治安維持法違反で監獄に入れられている息子たちに、手紙を書きたい一心で字を書けない母親たちが文字を学んだこともつけ加えました。

 ついで私は、「2月20日は、生活派歌人とも言われた石川啄木が、1886年・明治19年に岩手県盛岡市で生まれた日でもあります」と紹介しました。

 働けど働けど
 なほわが暮らし楽にならざり
 じっと手を見る

 と歌った啄木は1912年・明治45年に26歳で病死しますが、1910年の日本による韓国併合を

 地図の上  朝鮮国に
 黒々と墨を塗りつつ
 秋風を聴く

 と歌に詠んで、きちんと批判しました。今年は日韓併合から100年です、と話しました。

 「2月20日」の第1回集会を、人権と民主主義、平和な社会をめざした人々の歴史につながる営みの1つになることを願って、駆け足で紹介したのですが‥‥‥。 (管理人)

                          

 

 

 

 

 

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