ついぞなかった行政の新たな動きをブログ管理人は「山動く?」と書きました。書きながら歌人・与謝野晶子(1878・明治11年~1942・昭和17年)の詩「山の動く日」が頭をよぎった、と言っていました。
(藤波滝音)
山の動く日
山の動く日来(きた)る。 かく言へども人われを信ぜじ。 山は姑(しばらく)眠りしのみ。 その昔に於(おい)て 山は皆火に燃えて動きしを。 されど、そは信ぜずともよし。 人よ、ああ、唯これを信ぜよ。 すべて眠りし女(おなご) 今ぞ目覚めて動くなる。 (1911・明治44年9月、平塚らいてう を中心とする女流文学誌『青鞜』創刊号掲載、晶子33歳)
なお、この詩は、1914 ・大正3年発行の晶子の詩歌集『夏より秋へ』では、一部変えられています。
山の動く日
山の動く日来る。 かく言へど、人これを信ぜじ。 山はしばらく眠りしのみ、 その昔、彼等みな火に燃えて動きしを。 されど、そは信ぜずともよし、 人よ、ああ、唯だこれを信ぜよ、 すべて眠りし女(おなご)、 今ぞ目覚めて動くなる。 ※2行目の「人これを信ぜじ(信じないだろう)」、4行目の「彼等みな火に燃えて動きしを」は、元は「人われを信ぜじ」「山は皆火に燃えて動きしを」です。
「人これを」の方が自然だし、「彼等みな火に燃えて動きしを」と書くことで「山」が「女性」を表していることがすぐ分かるように思います。 特に2行目は、『青鞜』創刊号で、与謝野晶子が次のように書いていることと関連していると思われます。 一人称にてのみ物書かばや(書きたい)。 われは女ぞ。 一人称にてのみ物書かばや。われは。われは。
(中略)
「鞭(むち)を忘るな」と ツアラツストラはいひけり。 女こそ牛なれ、また羊なれ。 附(つ)け足して我はいはまし(言いたい)。 「野に放てよ。」 (「『青鞜』女性解放論集」岩波文庫所収、とのこと)
男たちが女を従者として扱っている社会にあって、自己をはっきり主張する解放された女性になろう、という意気込みの現れとして「われを信ぜじ」と書いたのでしょう。
なお、かつて(1989年)参議院選挙で社会党が改選議席の倍以上を獲得した時、土井たか子委員長(当時)が「山が動いた」と語って有名になったそうですが、実際にはその後、自公民路線による自民党政治が続きました。
それで、ブログ管理人は「?」を付けて「山動く」と書いたのでしょが、それでも「大丈夫?」、と心配するムキもあります。
ともあれ、「雲流れ山動く」など象徴的な言葉や素敵な句を味わって、秋の夜長のつれづれ(徒然)を慰めることに———。
一片(ひとひら)の誘ふ落花に山動く
(稲畑汀子・『ホトトギス』・2002年)
波打てる青田の上の山動く (内藤玲二・俳句誌『空』(2009年11月) 山動く気配はあれど今日は暮れ (志村建世・元NHKディレクター、エッセイスト) 群衆が本音を吐いて山動く (村上貞穂・第19回全日本川柳長野大会・平成 7 年文部大臣奨励賞)